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生活保護法63条に基づく費用返還請求処分が裁量権の範囲を逸脱した違法があるものとして取り消された事例(東京高判R2.6.8)【確定】

<事実関係>

 東京都板橋区に住む男性は2013年9月、自宅マンションで熱中症になって救急搬送され、数か月間、入院した。男性には年金収入があったが、認知症が進んでおり会話が成り立たず、医療費を支払うことができなかった。

 板橋区は職権で生活保護の開始決定を行い、医療扶助約490万円を支払った(医療費10割負担)。

 その後、男性側に全額の返還を求めた板橋区の処分が違法だとして、処分の取消しを求めた事件である。

(なお、男性が健康保険を使用していた場合には、男性の自己負担額は約50万円(1割負担)となり、残りの約440万円は健康保険から支払われる)。

<生活保護法63条>

 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

<判旨>

 多額の医療扶助を含む保護費が支給されており、しかも、保護の決定自体が職権で行われている本件返還決定のような場合にあっては、保護費の全額の返還を求めることにより、被保護者に予想外の不利益を与え、衡平に反する措置となっていないか、生活保護法の趣旨目的に反する結果となっていないかなどの点について慎重な検討を要する。

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 あてはめ

 ①健康保険を使用した場合の自己負担額と返還を求められた金額とを比較すると,負担の過大さは顕著

 ②医療扶助の返還義務について、担当ケースワーカーは男性に説明はしているが、男性は認知症が進行しており早期の成年後見申立てを要する状況にあったので、男性に不利益の内容を説明するのはそもそも不可能又は困難な状況にあり、男性の理解が得られていたとは認めがたい。

 仮に減額がないまま医療扶助全額の返還を命じられるとすれば、保護が開始されなかった場合と比較して、何らの予告もなく著しい不利益を課されることになり、社会通念に照らして著しく妥当性を欠く事態が生じるものというべき。

 ③返還額の減額ができるのは平成24年課長通知の定める場合に限定されない。

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 結論

 生活保護法の運用に当たっても我が国の社会保障制度全体の中でその運用を考えるべきであり、後期高齢者医療等の被保険者であれば負担を要しなかった範囲の保護費の返還を求める部分については、著しく衡平を失っており、裁量権の範囲を逸脱した違法があるものといわざるをえず、取消しを免れない。

 厚生労働省の通知を機械的に適用するのではなく、事案の中身をきちんと事実認定し、衡平の観点から実質的に判断している、優れた判決だと思いました。

 実践成年後見90号(2021.1)に担当弁護士の解説が掲載されるそうです

 

 参考記事 認知症男性、区の判断で生活保護 「医療費10割請求は不当」 東京高裁判決 返還、配慮求める(毎日新聞2020年7月30日

 参考文献 実践成年後見89号(2020.11)・3~7頁