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「失われた歳月」田中文雄著

 鈴木重雄氏(園名:田中文雄氏)の遺稿をまとめた書籍。上下巻。2005年9月発行、皓星社。

 私自身、ハンセン病問題に関心を持ってきたが、ことし5月の如水会(一橋大学の同窓会)会報で3月の卒業式における学長式辞を読むまで、鈴木重雄氏について知らなかった。

 

 鈴木氏は1912年、宮城県唐桑町(現:気仙沼市)に生まれ、その後、一橋大学の前身にあたる東京商科大学予科・学部に進学した。

 学部2年だった1935年、自らがハンセン病に罹患したと認識した。ハンセン病に対する差別偏見が強烈だった当時、鈴木氏は家族や友人に迷惑を掛けるわけにはいかないと考えて失踪、死に場所を求めて流浪の旅に出る。

 結局は死にきれず、長島愛生園にたどり着き、田中文雄と名乗り、戦時中の長島愛生園において入所者総代を務め、戦後は退所者の社会復帰をサポートする運動で指導的役割を果たした。友人と再会を果たして大学クラス会の常連となったほか、故郷の地域振興に尽くし、1973年には唐桑町長選挙で大接戦を演じたこともあった。

 

 この遺稿集では、流浪の旅でのさまざまな出来事と感情の変化、戦時中に入所者のリーダーとして入所者の生活を守った記録が特に印象に残った。大学の先輩が、ここ岡山で尽力した記録は、後世に伝えていく必要があると思った。

 

 そして、書籍編さんに携わった医師が、あとがきで、ハンセン病療養所を保存することの重要性を指摘しているが、私自身、引き続き、微力ながらハンセン病療養所の保存のために動いていこうと思った。